カーネギー図書館アリゾナ編
(フェニックス、ツーソン、アリゾナ、アメリカ合衆国)

鉄鋼王アンドリュー・カーネギーが寄贈した図書館の数は、アメリカ国内だけで1600館以上。それだけの篤志家なら、建築も、自分の業績を市民に知らしめる壮麗なものを想像していましたが、フェニックスとツーソンで見た限りは、記念碑建築向きの古典主義でしたが、どこか味気ない感じでした。

ツーソンの開館が1901年、フェニックスが1908年だから、当時、州にもなっていなかったアリゾナという辺境のせいだろうか、と想像しましたが、その疑問を解き明かしたのが、「すべての人に無料の図書館ーカーネギー図書館とアメリカ文化 1890-1920年」(A. A. ヴァンスリック著)でした。

最初のカーネギー図書館が、生まれ故郷のスコットランドに寄贈されたのが1881年。その後、アメリカに建設された図書館は、初めのうちは、町のシンボルたるにふさわしい、力の入った古典主義の建築でした。

それが、1899年頃を境に、篤志家の「見境いのない」寄贈から、明確な基準によるプラグマティックな寄贈に変わって行きます。大枠の確定は1911年。人口千人以上の町ならば、どこでもOKで、住民一人につき2ドルの寄贈額。ただし、町は用地提供に加え、寄贈額の10%の運営費を税金から拠出する契約を交わすことが、条件でした。カーネギーの資金源に対する批判や、貧者への過大な慈善に対する自身の懐疑心が背景にあったようです。

そういう姿勢は、建築のつくり方にも及び、新しい建築よりは、カーネギー側の提唱する図書館モデルに則り、予算超過せずに、工事を完了させる建築家が選ばれがちでした。すば抜けたものにならなかったのもそれ故。ただし、自治体が建設費を上乗せして、壮麗な建築となった例はありました。

ツーソンの図書館の開館は、端境期の1901年、フェニックスは、方針の変更のさなかの1908年。フェニックスがよりつましく見えるのも、時間的理由でしょうか。そのつましさの一方で、建築の対称性や、大きな庭の中心にヴィラのように立つバロック的配置が、大袈裟で、かえって痛々しく見えます。

ツーソンの図書館を設計したのは、トロスト&トロストのヘンリー・トロストで、フェニックスは、カリフォルニアやアリゾナで活躍した建築家、W.R. ノートンです。そこそこの建築家にしても、カーネギー側のコントロールをはねのけ難かったようです。

ただし、カーネギー図書館を建築のみで評価するのは、早計です。

カーネギー側が推奨した図書館モデルは、利用者本位の間取りや、開架式本棚、子供エリアの拡充など、当時としては先駆的であり、デザインよりプログラムが勝った施設でした。女性の集会場所や職場の創出にも積極的で、女性の社会参画を後押ししました。

現代でも、1300館余が図書館として使われている中、開館から1世紀経ったツーソン図書館は子供ミュージアムに、フェニックスは州立図書館分館に変わりました。当時の面影を追うのは難しいところですが、フェニックスでは、キャスター付き書架を導入し、女性用の読書室も設けたそうです。そして、女性の社会進出とシンクロし、誘致には婦人クラブが貢献し、開館当初の司書は女性でした。

人を超えた存在としての建築観がまだ生き長らえていた時代に、建築を人の側に引き寄せたとも言えるカーネギー図書館。人を建築にフィードバックし、デザインと機能を融合させた機能主義が台頭するのが、カーネギー図書館の寄贈が終了する時期だったのも象徴的です。一見すると、近代建築とは縁もゆかりもない、古典的な面持ちとは裏腹に、カーネギー図書館は、デザインより、機能や男女同権の面で近代化を先行し、図書館という公益性の高い場を通して、社会が受け入れる土壌をつくったのかもしれません。

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Google Maps で場所を見る(フェニックス・カーネギー図書館)
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交通
フェニックス・カーネギー図書館:フェニックスのダウンタウンから徒歩圏内。
ツーソン・カーネギー図書館:ツーソンのダウンタウンから徒歩圏内。

リンク
City of Phoenix
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Metropolitan Tucson Convention & Visitors Bureau

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旅行の際に調べた情報であり、評価については、各人でご確認下さい。

参考文献
"すべての人に無料の図書館ーカーネギー図書館とアメリカ文化 1890-1920年"(A. A. ヴァンスリック著、川崎良孝、吉田右子、佐橋恭子訳、京都大学図書館情報学研究会、2005)
フェニックスカーネギー図書館展示
National Resister of Historic Places
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フェニックス・カーネギー図書館 (1908)

ツーソン・カーネギー図書館 (1901)

        Photo by Daigo Ishii